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zoom RSS 心と体の関係はドライバーと車に例えられる(3)

<<   作成日時 : 2008/01/25 22:54   >>

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西遊記の中で孫悟空がキントウ雲に乗って
地の果てまで行ったと思ったら、それはお観音様の
掌の中であったというくだりがあるが、真面目に研究
されている多くの先生方には誠に失礼なことは十分
に承知した上で申しあげるのだが、われわれが信じ
ている科学技術の力は多分この程度で、人間の力
などというものは笑止千万の域でしかないと思ったほ
うがまともではなかろうか。
われわれはもっと謙虚に生きるべきと思う。

さて、人というものは心というか精神というかそういう
ものと肉体とで出来ている。
私流に表現すれば、想いと想いのいっぱい詰まって
いる器が、泣いたり笑ったり、あっちへ行ったりこっち
へ行ったりして、器が壊れてしまうと腐って何にもなく
なってしまう物体ということになる。。
世間ではこれを死と言っている。
果たして人の一生ってこんなのものなのであろうか。
勿論、いろいろな分野で立派な功績を残して一生を
終える人も数多くいる。反面何の為にこの世に生ま
れてきたのか理解できないような性悪人間もけっこう
いる。
同じ人間として生まれてきても一人一人の環境、性格
美醜、能力が全部ちがうのは何故なのか。
自身のことを考えても、何で自分はこの両親のもとに生
まれ、何で男なのか、何でもっと格好のいい姿で生まれ
なかったのか?などと思ってしまうのだが・・・・・
そんなこと誰に聞いても考えるだけ無駄だと一笑に付さ
れるだけである。
本質を知るにはどうも現実の現物だけでは材料不足で
はないかと思いはじめたのもこんなところに起因してい
るようだ。
私たちは地平線を水平線と表現するが、本当は曲線の
一部という認識をついつい忘れがちになる。
物事を見極める目というのは、近目も遠目も同時に持ち
合わせなければならないと思う。<次回へ>

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