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zoom RSS 横綱の品格

<<   作成日時 : 2017/12/07 16:11   >>

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日馬富士の暴行問題が思いもよらぬ展開になってテレビのうるさいったらない。あることないことあ〜でもないこ〜でもないと喧々諤々の毎日が続いている。
何か、井戸端会議がいつまで経っても終わらない感じだ。酒の席でのこの種の騒ぎは巷にはいくらでもある。
当事者が横綱だったことで大騒ぎとなってしまった。同じ相撲取りでも平幕同志の騒ぎだったら、殴った方が出場停止とか減給程度でおさまると思うのだが、そこは特殊な社会なので世間的な建前から本人が力士を辞めざるをえなくなった。
おまけに組織と大義のにらみ合いとなると、無責任な傍観者とすれば興味津々となるのも分からぬではない。
まあなんでもそうだが、私たちは物事の本質をあまり意識して生きていないので、何をどう管理して守らなければならないのかといった本質論に馴れておらず、核心を捉えた議論ができないように思う。
枝葉のことに目がいってしまい肝心の根っこの方に目がいかないのだ。要は大相撲とはなにか?を理解できていない人達が多すぎるのだ。
大横綱と言われている白鵬でさえどうも大相撲の存在意義や横綱のあるべき姿を芯から理解できていないように思えてならないし、話題の貴乃花親方でさえ失礼ながらまだかなり未熟なところがあるようにお見受けする。
まして、マスコミの人達もフアンの人達も何となく大相撲ってこういうもの程度だと思う。

もし、相撲の神様がこの騒ぎを見ていたらこうツブヤクのではないだろうか・・・。大相撲ってのはな〜要は形式美なんだよ。人間てのは本来的にはこういう心構えで生きなければならないという心のあり方という視点から、しかも日本人にしか発想できない美意識を理解できなけりゃ本当の良さは分からんよ・・・と。

私は日馬富士を誤解していたらしい。本当はとってもいい人のようだ。遠くモンゴルという異国からやってきた青年に、なぜこうした仕来りや形式を大切にしなければならないのかという深い意味を教えてあげられなかったのか・・・残念でならない。
深い意味とは「日本人の素晴らしいとか、格好良いとか、美しいとか、正しいとか思う感性(美意識)」を大相撲は格闘技の中で表現している独特なプロスポーツだということ。つまり、美しい心の表現を相撲という格闘技の中で行い、それを感じ取ってもらうことに意義があるということである。
だから、公益法人として認められているし、国技とも呼ばれNHKで放送されるだけの文化的な価値が認められているということだ。
だから君たち力士は、当然人々の尊敬の念を受けられるだけの特別な格闘家でなければならないし、特に力士の頂点に立つ横綱は強ければよいではすまされない訳がここにあり、礼節を重んじる土俵態度を身をもって示さなければならない使命を担っているのだ。この姿勢は土俵を降りたところでも同じで、人として立派でなければ横綱の意味がないのだ。それくらい大相撲は心の美を大切にしているのだ。と言うように・・・。
相撲の芯の芯に何があるのかをキチンと教えてくれる人がいたら、頭の良い彼のことだ横綱の品格とはなにかぐらいすぐに気付いただろう。
そうすればこんな事件は起こらなかったはずだ。残念だ。

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